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祝ショッパー創刊45周年 特別インタビュー
八王子在住の演歌歌手・北山たけしさん

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ショッパーのファンだという演歌歌手の北山たけしさんが、創刊45周年のお祝いに駆け付けてくれました。北山さんは北島三郎さんの弟子になりたくて22年前に福岡県柳川市から上京。以来ずっと八王子に住んでいます。

 
北山たけしさん

―ご来社いただきありがとうございます。  
ショッパー 45 周年おめでとうございます。ショッパーは地域の情報を得るために毎週読んでいます。

―具体的にはどのような紙面が好きですか?  
イベントやグルメなどをよく見ます。投稿のコーナーは面白いですね。九州出身なので八王子の事をよく知るためにもショッパーは欠かせないです。
 
― 北島さんの弟子になりたかったのはなぜですか?  
父親が北島三郎の大ファンで小さい頃からいつも家の中に歌が流れていました。歌詞の意味が分かる年齢になってくると自分もファンになり、 21 歳の冬の寒い日に八王子に来ました。父親が新しいコートを買って持たせてくれ、北島家の前で座り込みを続け、10 日後に門が開き中に入れてもらえました。
 
― その時からずっと八王子に住んでいるのですか?  
そうです。 22年ですから柳川より長くなりました。八王子は第二の故郷です。仕事で都心や地方へ行くことが多いのですが、早く八王子に帰りたくなります。ひよどり山を上るとほっとしますね。八王子は自然もあり、 歴史もあり、世話を焼いてくれる人も多く、大好きな街です。もし北島の付き人になっていなくてもそのまま住んでいたと思います。

長く愛される歌手になりたい

―よく行く場所はどこですか?  
高尾山の雰囲気が好きで時間が空くと行きますね。リフトに乗って自然の中を登っていくとリフレッシュできます。あと、たまに故郷の豚骨ラーメンが食べたくなり、インター近くの博多屋さんへも行きますね。ゴルフの練習場にもよく行きます。嫁とは焼き肉を食べに行ったり、セレオに買い物に行ったりします。
 
― 付き人を8年間なさったそうですね。  
はい。それまで生きてきた世界とは別世界でした。会えない人と会えたり、入れない場所へ 行けたり、舞台裏はこうなんだ、スタッフの人たちはこんなにも動いているんだ、と毎日が驚きでした。北島の身の回りの世話をしますので、付き人時代は料理もしました。北島は肉じゃがなど家庭料理が好きですね。私は焼きそばを作って褒められたことがあります。普通 の 焼きそばですけど(笑)。北島は人として魅力的で厳しい中に優しさと愛情があり、付き人を辞めたいと思ったことはなかったです。男が男にほれる、というか、ずっとそばにいたいと思いました。「見えるところで動くのではなく、見えないところで動きなさい」と教
えられ、実践してきました。デビューの時に北島が「陰の頑張り何歩の差」と色紙に書いてくれ、今も大切にしています。
 
― デビューが決まった時の気持ちを教えてください。  
嬉しかったです。と同時に北島の〝北〞を背負っていく重みを感じました。私の名前の北は、北島から取ったもので弟子では初めて北島の北の字をもらったからです。付き人時代は歌について教えられることはなかったのでデビューが決まってから指導を受けました。
 

19 枚目のシングルCD 「アカシアの街で」

9月 20 日発売
19 枚目のシングルCD 「アカシアの街で」


 
― コンサートなどで歌う時に実践していることはありますか。
聴いてくださるお客様とキャッチボールをしなさいと教えられました。 自分だけで気持ちよく歌うのではなく、皆さまへ歌を届ける。そしてキャッチしていただき、こちらに返してもらう。そういう気持ちで歌っています。それからコンサートの時には客席に下りています。北島からお客様に触っていただきなさいと言われています。衣装のボタンが取れたり、袖が 伸びてしまったり、ということもありますね(笑)。
 
  一つ一つの質問にじっくりと真面目に答えてくれた北山さん。「北島同様、八王子といえば北山と言われるようになりたいですね。街で見かけたら気軽に声を掛けてほしいです」と話してくれました。礼儀正しく、優しい 笑顔が印象的でした。今後の活躍に期待です。
 

北山たけしさんのプロフィール
1974年2月25日生まれ。北島三郎の付き人を8年務め、2004年に「片道切符」でデビュー。2005年に紅白歌合戦に初出場し、以後5回連続出場。現在もコンサートやディナーショー、テレビ出演などで活躍中。2009年に北島三郎の次女と結婚した。八王子100年応援団の団員

投稿日:2017年10月6日

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